カテゴリ:アスリート西田のなんやかんや( 4 )

詳細はランナーズ4月号で!

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情報元:青ちゃん/ocさん/ミカンさん
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2010年9月26日

村岡88kの部で見事!5位入賞を果たされました
我らが兄貴! 西田さんの完走記のはじまりはじまり~~

『ホラポス村岡組 全員 無事に笑顔で完走しました!!!。』

京都の西田です。お元気ですか!!!

京都は本日、朝から雨で、最高気温は19度です。11月初旬の気候です。
10月、スポ-ツの秋の始まりですね。
猛暑の中での練習の成果を出すためにも
皆様、笑顔で頑張って自己新記録にチャレンジしてください。

さて今回、ホラポス村岡組 総勢9名が
88kmの部と100kmn部にチャレンジしました。

今回は、撃沈したメンバ-は一人もいなく、全員笑顔で完走しました。
それぞれに、自己新記録を出したので、秋空のように清々しい笑顔です。
完走記をご覧下されば、メンバ-の個性が出て
楽しいひとときを共感出来るかと思います。
(本当は、全員、死ぬほど辛くて厳しいコ-スと戦い、しんどい大会でした。)
  /苦笑い



RYUJIさんの完走記

のり姉さんの完走記

亀オヤジさんの完走記

ミカンさんの完走記

AKAさんの完走記

西田も頑張って走りましたので報告いたします。

9月25日、午前中は仕事をしてお昼の12時過ぎに出発た。

村岡の大会受付に3時30分頃に到着
偶然にホラポス和尚号の車と駐車場で会います。
Ryujiさん、和尚さん、のり姉さん、
AKAさん、かよさん、最後にじじさんが降りてこられました。

じじさんは車内で既に缶ビ-ルを7本飲んでおられます。
さすがじじさんです。

皆さんとお会い出来て、気持ちも『ほっと!!!。』して
心が和みます。良かったです。

今回は昨年のリベンジのため
(前回は、50km過ぎから右膝内側が痛くなり、走れなかったです。)
あえて皆様の宿と一緒に泊らず、初心に戻って初参加に宿泊した宿に
泊ることにしました。
ゴ-ルをして、直ぐに京都に戻りますので、
妻も同伴してくれます(ありがたいです、、、。)。

村岡のコ-スは山岳ウルトラマラソンです
平地は極端に少なく(ほとんど無く)
ジェットコ-スタ-のような厳しいコ-スで
5つの峠があり、最高は標高1000mまで走ります。

そのため、シンドクテ、辛くて、本当にタマリマセン、、、、。

そのしんどさを身体が記憶して、1か月前、更に1週間前から
心が気持ちがダ-クになり、落ち込むくらいです。

25日は7時30分に就寝しますが、中々眠れません。
頭の中を色々なことが浮かんだり、考えたりしますが
昨年の大会は人生の中で一番苦しかった大会でしたので
今年はこのようなことは無い、昨年より楽に行けると
自分に言い聞かせます。

3時10分に起床して、両膝にテ-ピングをおこない
出発の準備し、4時過ぎに車で宿舎を出発
スタ-ト地点の村岡小学校に向かいます。

天気は小雨ですが、天気予報では明け方には上がりますので
心配していません。

ホラポスのメンバ-から
『西田さん!!!。』と温かい声をかけて下さり
9名一緒にスタ-トします。
さりげないことですが、不安の中に光が差すほど
頼りになります。

Ryujiさんに『これから長い1日が始まりますね~~~。』と
声をかけ、5時スタ-トです。もちろん周りは真暗です、、、、、。

88kmの部の和尚さん、のり姉さんと4kmくらいまで
雑談しながら走りますが、スタ-トから楽なのは7kmぐらいまでで
その後の81kmは苦しさの連続です。
先ずは1km、今の1kmを走ろうと考えます。

7kmからゴ-ルの88kmの登りも下りも全てにしんどくて、厳しくて、辛くて、
涙が何回も出ました。
思わず道行くランナ-に
『本当に、たまらんくらいシンドイですね。』と言いますと
ランナ-も『本当です!!!。』と答えます。

不思議とコ-スと戦う同志のような感じです。
ただ、『1度たりとも歩くのだけは止めよう!!!。』
と自分に言い聞かせ、歩かなかったら
何とかタイムが出ると信じて、また左膝に爆弾持っていたので
ロキソニンを合計5錠!!!!
飲んで」走りました。

今回の目標順位はひと桁
タイムは何とか9時間15分を切りたいと思っていました。

10月に50代半ばになります。身体の衰えを本当に感じます!!!。
しかし、走っている時は、何回も『 もう~こんなにしんどい・厳しい大会は出
場しませんし、
身体に悪い。』と自分が自分自身に言っています。

40キロ地点の蘇武岳頂上(標高1000mで奥神鍋スキ-場の山頂)のタイムが
昨年は4時間4分でしたが、今年は4時間14分です。
自分では同じペ-スで走っているつもりが10分も遅れています。
これには理由があり、61km地点の射添会館からが勝負と考えていましたので
自分で『押さえて、押さえてペ-スを考えて走れ』
とスタ-トしてから言い聞かしていたので
無意識で押さえ気味になったのでしょう。


勝負と考えた61km地点の射添会館に午前11時12分(6時間12分)に到着

その後の性質の悪い大仏からの峠の登りも、ペ-スが落ちることなく
地道に走っていたので、69km地点のカレ-エイドで順位は7位と伝えられ、
6位と5分差でした。

残り19kmでタイム差5分、微妙なタイムです!!
楽に自分のペ-スで走るか?

それとも入賞を狙って身体に負荷をかけて、シンドクテも走るか?。

自分の中で決断を迫られます。
しかし、左膝にも爆弾を持ち
ましてや両足の指の付け根が1歩走るごとに、キ--ン!!
と痛みで頭にきます。

そのような時(70km地点、残り18km)、涙が出てきて、
『夏場、頑張って練習して身体を絞り込んだ!!!。
36度の中、自宅から大原そして比叡山を走り、時には大文字山を走り、
春にはウルトラ3連ちゃんは何のために走ったのか?。
全ては今日、村岡88kmで自分の納得のいく走りをする為と違うのか?。
昨年のリベンジと違うのか?。
何のために生き、何のために走るのか?。
悔いのないように入賞とサブ9時間、8時間台でゴ-ルしろ!!!。』
と心が叫んでいます!!!。



しかし、いくら心が叫んでも、身体は正直です。
まだ18km残っています。
潰れたりバテたりしたらお終いなので
今まで持っている経験を活かし、レ-スをシュミレ-ションして
最後の79.5kmから83.5kmまでの4kmの標高450mの十二峠が勝負であり
ドラマがあると考えました。

一二峠の入口(79.5km地点)から峠の坂道が始まりますが、
6位の選手が見えません。
諦めようかと思った瞬間、81.5km地点で先に6位の選手が見えます。
フラフラで走っていますので
これは抜けるかも?と思いましたが
一二峠は4kmで標高350mを登ります。
私も歩かないで走るが精一杯です。辛いです!!。
それでも頂上前83km地点で6位の選手を抜きました。

抜いた選手は絶対に頂上のエイドでドリンクを飲むと思いましたので、
私はエイドに立ち寄らず、数秒でも時間を稼ごうと考えました。
この策はは的中して、これで、やっと6位入賞内に入りました。

5つ全ての峠を登りあとは下りだけです。
84km地点のタイムは8時間36分です。
残り4kmで1km6分と考えれば
9時間ジャストなので、これはヤバイ!!!と思いました。

しかし、ロキソニンのおかげで膝も違和感はありますが、まだもっているので、
下り坂もあり、ラスト4kmは1キロ4分で走りました!!!。
全て走り切りました。

更にゴ-ル前1kmの87km地点で5位の選手をロングスパ-トで抜き、
山道も全て走り切り、最後はウルトラマラソンで初めてラストスパ-トをして、
5位でゴ-ルしました。

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時間は、左膝を痛めて昨年よりも役1時間速く、3年前のベスト記録よりも
10分速い、8時間53分35秒でした。

3年ぶりの表彰式に立つことが出来ました。

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年齢を考えれば8時間代は、自分にとって無理と違うかな~~と
諦めていたので、このタイムは来年は、更新出来ないくらい自分にとって
良いタイムであると思います。

来年もこのタイムを更新しろと言われば、
身体が拒否反応を起こしますね(笑い)。
走り切りましたので、身体は死ぬほど疲れました。
村岡ダブルフルマウンテンマラソンは、素晴らしい思い出と共に
卒業かと考えています(もう~出場しない)。

2時30分からの表彰式に出席して
(優勝者や入賞者全てのランナ-が村岡は厳しいと言っていました。)
京都に戻りましたが、高速無料化路線に乗ったため
亀岡から渋滞に合いましたが
何とか夜の7時に自宅に戻ることが出来ました。

最後に、走っている時に私の後に、Ryujiさん、亀オヤジさん、ミカンさん
末松さん、のり姉さん、じじさん、和尚さん、AKAさんが走りながら苦しみも
共有して頑張っていることが、『苦しいのは自分だけでない!!。』
とどれほど勇気づけられたことです。

今回の入賞とタイムは皆様のおかげです!!。
ホラポスの皆様の励ましに、心より感謝します!!。




追伸 、

1.応援隊長の妻は勝手に100kmのコ-スを走り、選手のエイドで
 流しそうめんを 食べていました。さすが大胆で、恐いもの知らずです。
 大会関係者から『あんたゼッケンどうしたんや?。無いよ!!!。 』
 言われた時、『私は応援で、主人が88km走っています。』と答えると
 『それではアナタが食べなさい!!その代わり来年は100kmに出てや~~。』
 言われました。 本当に親切な人の集まりやなあ~~と。
 だけど、旦那の応援はしていません!!!。

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2..入賞は全てサブ9時間で8時間台です。そのようなレ-スにも関わらず、
 5位入賞の景品は1人前のカレ-うどんのル-1パックのみです!!!!!。
 なんやね~~~!!!。
  
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西田さん、お疲れ様でした
そして、自己新記録での5位! おめでとうございます!

来年はファンランで100kってのもいいんじゃないですか

それにしても、奥様、流し素麺食べられたんですね (^-^)
素晴らしい! きっと来年の為の下見と味見でしょうね

素晴らしい完走記! ありがとうございました!

【おまけ】 BIG3とSMALL1の成績 <データ提供 ミカンさん>
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2010年7月17日~18日

我らが兄貴!西田さんより24時間リレーマラソンの感動記を送って
頂きましたので、ご紹介します

2010年7月17日、京都では祇園祭のメインイベント『山鉾巡行』です!!

昨夜の16日の宵山には、約45万人が訪れ、京都の街もお祭り一色です。
おかげさまで、仕事も忙しい中、皆の協力と理解があって、
『恒例の2010舞洲24時間リレ-マラソン』に出場しました。

大阪舞洲には京都の祇園祭の山鉾のお囃子は聞こえませんが、
囃子以上の歓声が舞洲の会場には聞こえます。
17日昼の12時にスタ-トして、24時間後の翌日18日の12時にゴ-ルします。
梅雨明けの晴天の中
ホラポスチ-ムが170周、ホラポスαチ-ムが160周
真黒に仲間が日焼けして無事にゴ-ルしました。
感動の24時間でした。

ゴ-ル後、皆で集まり、解散式を行い、最後の片付けの時、
約35人のメンバ-が駐車場まで2往復して(合計70名)
何とか無事に後片付けも終了し、やれやれですが
逆に17日の朝の8時から何往復もし
重い荷物を運んで設営する苦労を
何人の方が理解されているか?。

裏方のスタッフ(シェフチ-ム)の人たちに、
どれだけの感謝をランナ-が持っているのか?
と不思議と頭に過りましたが
メンバーの動きを見た瞬間、その気持ちははるか遠くに飛んでしまい
ホラポスの素晴らしい仲間は感謝以上に感謝していると確信しました。
面倒な後片付けを笑顔で機敏良く動く仲間の態度を見れば一目瞭然です。
それほど、素晴らしい仲間に囲まれて私も幸せです。

ホラポスのメンバ-と別れ、今回、初めて一緒に参加した娘が
帰りの満員のバスの中で
『お父さん、来年は7月16日17日で祇園祭の宵山と山鉾巡行と重なるけど、
その労を理解したら、何があっても参加しいなあかんな~~!!!』
と心から言っていました。

そして
『来年は弟に参加さして、自分一人では世の中生きて行けない。
多くの人の助け合いがあってこそ、人は生きていけることを
理解させなあかんな~~~。』
とも言っていました。

息子は私よりも数段速いので、戦力になると思います。

そして、最後のに打上げ(解散式)の時、
イスに座っている亀オヤジさん、じじさん、西田、nomu3さん
その横にミカン先生の+R50の1列と、

龍二さん側のマリオさんや薮ダイコン君達を見まして、歳をつくづく感じました・・・・。

しかし、老歳奮起で、18日午前10時50分からの最後の周は
6分35秒で走りました!!!。
とてもうれしかったです。

納得の走りですが、nomu3さんも爺さんもミカン先生も亀オヤジさんも
頑張って走られましたね。傍から見ても良くわかります。

若い人も、私達+R50の奮起を見て、自分達も頑張って走らねば!!!!
と感じるのではないでしょうか。

老歳と若人の合体が相乗効果に結びつくのと違いますかね。

しかし、+R50になりますと暑さと疲れと、睡眠不足で、さすがに、
ゴ-ル後の18日は仕事は出来なかったですが、眠たい中、19日の朝からは
仕事をしています。

来年は、祇園祭りの宵山と山鉾巡行にまともに重なりますが、
青ちゃんとの人生をかけたトップの戦いにかけるか
(絶対に来年は負けません!!!。)

それともAチ-ムで頑張って走って、今年以上に170周以上180、200周を
目指して走るか(自分の力がどれだけチ-ムに役立つか)、、、、、
7月19日現在悩んでいる西田です(大笑い)。

最後に
『2010 夏の素敵なプレゼント!!!。』は
3つもありました!!!。

1、 素晴らしい仲間の支えがあってこそ出場出来て
あらためて人の心の素晴らしさを感じたこと。

2. 梅雨が明け、17日から本格的な夏になりました。
周りは『暑い!!!。暑い!!!。』と言っていますが、
私は17日と18日に本当に雲ひとつない快晴の下で
24時間以上過ごしましたので、暑さに対する免疫が出来て
これから涼しい夏を過ごすことが出来ます。

3. 歳を取り+R50になりますと、筋力も体力も落ち、走るタイムも
悪くなり身体のアチラコチラにガタが来ます、、、、つらいです、、、、。
しかし、今回は人生で初めて娘と一緒に走り、タスキを渡すことが出来ました。
24時間リレ-マラソンには友人・夫婦・恋人・兄弟と参加しているランナ-は
多いかと思いますが、娘と一緒に走って出場するのは非常に少ないです。
歳を取ることによって良いこともありますね。
親バカですが、最高のプレゼントです。!!!。
(しかし、弊害もあります。余計に嫁に出す時は、辛いですね、、、、。)

ホラポスのメンバ-・差し入れや応援ををして下さった方々
24時間リレ-マラソンの全スタッフに心より感謝します!!!。

皆様、どうか、素敵な2010年の夏を過ごして下さい。


西田さんアルバム

開会式
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夜の襷受渡しゾーン
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明け方のテントサイト
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素敵な娘さんと
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まだまだ元気な亀オヤジさん
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そしてフィナーレ
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おまけ あさみさんの川柳

暑さにも
負けない力
チーム力(字余り)

あさみさんありがとうございました

そして西田さん
どうもありがとうございました

青ちゃんとの競い合いは迫力ありました
来年、秘密兵器の息子さんもいいですが
リベンジを我々は期待しています!

でも、お仕事が大切ですから
1年間お悩み下さい(笑)

いつもながら
皆さんに充分には満足してもらえなかったかもしれませんが
皆さんご自身が楽しい環境を作っていってもらえれば
と思います

ありがとうございました

by ryuji1962
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春のウルトラ③連ちゃんに挑戦された
我らが兄貴! 西田さん!

最後となる3戦目が6月6日に行われました

完走記を送って頂きましたので、ご覧あれ!


【完走記】

4月25日から3週間ごとにチャレンジした春のウルトラ③連ちゃん
①奥熊野100km
②鯖街道76km
③舞鶴マラニック95km-6km(渡し船)=89km

最後の舞鶴を6月6日に走ってきました

結果はなんと! 学生時代以来の1番でのゴ-ル!
テ-プを最初に切る瞬間の感動!
トップを走りながらもラスト5kmで先等だ!!
と確信した時に湧いて来たアドレナリン! 
やった!!!
と、テ-プを切ろうと思いましたが、
早かったために大会スタッフがゴ-ル地点に誰も居なく
ゴ-ルの準備も全く何もありません。

寂しく誰にも会わずに、
一人でJRに乗って東舞鶴から帰って来ました...
寂しかったなあ~~~~。

それでも、70km~89kmの19kmを1時間40分で走れたので、
まあ~~良かったかな~~とレベルは低いですが
自己満足しています。

また、トップの理由は簡単で、他の選手は渡し船を待っている時に、
美味しいアジや干物を桟橋で炭火で焼き、
走るよりも焼魚とビ-ルの誘惑に負けてビ-ルを飲み過ぎたからです。

まるで居酒屋の宴会模様でした。
それにしても焼魚の香ばしい香りが、むんむんでした。
私はヨ-グルトとポカリで我慢していました。
なぜなら渡し船から下船してからの最後の部分が結構キツイからです。

降りてから最初は誰も走りません(大笑い)。
そのようなアットホ-ムな気さくな楽しい雰囲気の大会です。

あ~~誘惑の力は恐ろしいですね!!!。
若い美ジョガ-の誘惑があったら、
私もフラフラでゴ-ルしていたかも...
おかげさまで周りは、昔の昔の美ジョガ-ばかりでしたので、
誘惑に負けずに良かったです!!。

10月に55歳になることで、今回企画した春ウルトラ③連ちゃん
2月にエントリ-した時は、血気盛んでしたが、
冬から春の訪れと共に意気消沈、
5月には無謀!!!と何回も思いましたが、
こうして無事に終わりますと、ほっとするよりも
不思議と寂しさを感じます・・・・

少しだけ、ウルトラマラソンのコツが分かり始めたのと、
フルマラソンやトレイルランとは違う良さも分かりかけてきました。

しかし、完走するのはしんどいですね。本音です。
歩いたら、その部分は楽ですが、最終的に時間もかかります

来年も春ウルトラ③連ちゃんに挑戦します
(本当かいな~~~。)...
ですが、奥熊野・鯖街道・舞鶴・どれも三者三様イイコ-スです。

55歳になってもまだまだ元気で頑張ります!
青ちゃんにはまだまだ負けんぞ! ははは
何処からでもかかって来なさい!

(訳 ryuji1962)

しかし、ゴールの準備が出来ていないのに到着するとは
さすが兄貴! でも淋しかったでしょうね

ゴール!!!!  おめでとうございます!
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